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世相・事件・流行歌

イベントサークル・ネプチューンが72時間耐久カラオケに挑戦

90年ごろから、寮祭のディスコなどで華々しい活躍を見せていた寮内イベントサークル・ネプチューン。そんな彼らが、94年にカラオケ「ねぷちゃん」で「むつめ祭」に進出した。しかも、前人未到の「72時間カラオケ」に挑戦。ところが、初挑戦のこの年は思いがけないアクシデントが勃発。客の高校生が、酔っ払いすぎてタコヤキのピックで人を指してしまった。救急車は来るは警察は来るはの大騒ぎになり、企画はあえなく中止。だが、そんなことでめげる彼らではない。翌年からは、3年連続(4年連続?)で快挙を達成し続けた。

4月 悠元爆走族(悠爆)総長 御生誕記念の儀

「ブァン、ブァン、ブァン」
 下っ端の構成員が口で発する効果音に乗って、木村総長が、いつものとおり貫禄たっぷりに登場。今日はめでたき御生誕の儀である。悠爆と友好関係にあるグループのメンバーも、祝福に駆けつけた。「ま、いいから、とにかくスーツで集まって」とだけ言われて出席している蒼玄寮の新一年生たち(悠元寮はウソコン中なので欠席)。彼らが、今後の寮生活に大きな不安を抱いたであろうことは想像に難くない。
 参加者からのお祝いの口上に答えて、総長はおもむろに半紙を取り出し、「私のようなもののために、このような盛大な会を開いていただき……」と、感激で目を潤ませながら挨拶。会場が水を打ったように静まり返ったその瞬間、総長の「なーんて」のひと言で、一同、こらえていた笑いを爆発させ、あとは単なるお誕生会へと突入していったのであった。

悠爆

悠元爆走族の総長と特攻隊長(だったかな?)

悠爆

お祝いに駆けつけた関係者たち。

各部屋の増アンペア実現

 90年代前半、寮生を悩ませていたのは、度重なるいきなりの停電だった。当時、窓用エアコンを設置する部屋が急増。94年には2~3割の普及率に達していた。完成真際の卒論が消滅してしまうなど、深刻な悲劇が相次ぐ中、委員会も東京電力や厚生課へ日参。各部屋10アンペアから20アンペアへの倍額アップを勝ち取った(?)のである。
 さかのぼれば、75年11月の「緑の旗」に、蒼玄寮・悠元寮の「増アンペア実現」の記事が。このときは5アンペアから10アンペアに増えたものと思われる。