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石原(1982年入寮)

 とっても虫のいい願いということは承知しながら、寮も寮食堂も、衛藤さんや田中さんたちも、ずっとそのままでいてもらえるものだと思ってました。でも、それはハナから無理な相談ですよね。実際に「寮食堂がなくなってしまう」という知らせを聞いて、それなりの太さでつながっていると勝手に思っていた糸が、一気に細くなってしまった感じがします。故郷の村がダムに沈んでしまうような……と言ってしまうと、寮がなくなるわけではないから今の寮生の人に失礼ですね。すいません。

 実は今、3月15日の「卒寮式」に向けて、81年入寮の千葉洋典さんの指揮の元、寮と寮食堂の「歴史」をまとめようと暗躍中です。さまざまな年代の卒寮生の方々に、当時の記憶を引っ張り出しながらアンケートを書いてもらったり、古い写真や資料を貸してもらったり……。「寮祭ディスコ」「スコーピオ」「ウソコン&バラシコン」といった懐かしい言葉とも、久しぶりに再会しました。全国各地の元寮生のアルバムに、この企画のために(?)眠っていた写真には、10年前の寮生や20年前の寮生、半てん姿の寮生やおめかしした寮生、イベントで飾り付けられた寮食堂や洗濯物が干しっぱなしの誰かの部屋など、いろんな時代のいろんな場面が写っています。

 そんなふうに長い歴史にまとめて触れてみると、あらためて、寮に流れている時間の濃密さを実感しないではいられません。すべてのOB・OGにとって、寮での出会いや経験が、いかに貴重でいかに大きい意味を持っているか、ひとつひとつの資料からヒシヒシと伝わってきます。ずっと時間がたってから振り返ってみてつくづく思いますが、なんて贅沢で、なんて恵まれた環境だったんでしょうか。人生で大事なことからそれほど大事じゃないことまで、先輩たちが伝え育んできてくれた膨大な「何か」を受け継ぎ、日々、寮を守ってくれる職員さんたちの愛情に支えられながら、私たち元寮生は、本当に楽しい学生生活を送ることができました。

 寮で暮らすことによって、各自のDNAに否が応でも組み込まれた「寮生遺伝子」は、その後の人生やキャラクター形成に大きな影響を与えてくれているに違いありません。そりゃまあ、いい影響ばかりとは限りませんが、すべてひっくるめて結果オーライと思ってしまえるのが、寮生遺伝子の真骨頂であり底力ではないでしょうか。まったく、ありがたいことです。

 このところ私の机の上に積まれている、たくさんの古い写真。ここに写っている人たちは、時代は違っても、同じような年齢の頃に(いや、年齢が多少ずれている人もいますが)寮で暮らし、寮食堂でご飯を食べて、今はそれぞれの道を歩みながら、それでいて、寮生活という共通の思い出を胸の中に持っているわけですよね。そう考えると、なんだか嬉しいやら頼もしいやら感慨深いやら。

 寮食堂がなくなってしまうのは、確かに寂しいことです。でも、寮食堂にお世話になった、たくさんの元寮生の胸の中にある共通の思い出が消えてしまうわけではありません。だから、きっと大丈夫です。これからも寮食堂は、全国各地に局地的に存在し続け、折に触れて、今の自分に必要な温かさや栄養分を提供してくれるでしょう。いつまでも忘れるつもりはありませんので、どうか末永くよろしくお願いします。